菅義偉(すがよしひで)さんに注目が集まっています。
自民党の先生方はほとんどが菅義偉さんを支持するようですね。
菅義偉さんは若い頃とても苦労して、政治家になりました。
そう聞くと生い立ちが気になって調べてみました。
また、若い頃はイケメンだったという噂もあり、その噂を検証したいと思います。
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菅義偉官房長官の生い立ちを調査!
菅義偉さんは、人気のブランド米「あきたこまち」の産地でも知られる秋田県雄勝郡秋ノ宮村の出身です。
父は、菅和三郎さん
母は、菅タツさん
長男として1948年12月6日に生まれました。
やり手の父和三郎
父和三郎さんは、
「これからは米だけでは食っていけない」
とイチゴの栽培農家を始めました。
これが終戦から間もなくというから先見の明がありますね。
父和三郎さん自身の名前を付けた「ニューワサ」というブランドでイチゴを売り出し、
いちご生産集出荷組合を創設します。
父和三郎さんは92歳で亡くなりますが、それまで組合長を務めていました。
父和三郎さんは時折上京し、東京や千葉、神奈川を訪ねました。
国会議員となった息子の秘書に運転手を頼んだのは観光のためだけではなく、出荷・販売ルートをつくる挨拶回りだったということです。
「おっかない親父でしたよ、官房長官のお父さんは。とにかく声の大きなお父さんというイメージがありますね」
出典:NEWSポストセブン
小学校時代から高校まで菅と同じ学校に通った幼馴染である湯沢市議会議長の由利昌司さんが、菅和三郎さんについて語っています。
優しい母タツ
母タツさんは、お見合いで和三郎さんと結婚したといわれています。
タツさんは、教員でした。
菅義偉さんにはお姉さん二人と弟さんがいらっしゃいますが、お姉さん二人は教員をしていたということなので、タツさんの影響を受けているのでしょうね。
叔父や叔母も教員だったということなので、その影響もあるのでしょう。
弟さんについては、何をされているのかわかりませんでした。
ひょっとしたら、和三郎さんのイチゴ農家を継いでいるかもしれませんね。
菅義偉さんは、なぜか教員だけにはなりたくない
と思っていたそうです。
そして、違う道へと進むことになります。
菅義偉官房長官は若い頃は武闘派?イケメン画像もチェック!
出典:あゆみ
菅義偉さんが、空手道に入ったきっかけを簡単にご紹介します。
菅義偉さんは、雄勝町立秋ノ宮小学校、雄勝町立秋ノ宮中学校を卒業します。
その後、秋田県立湯沢高等学校に2時間かけて通学し、3年生の時には進学組に所属していました。
姉が進学した北海道教育大学の受験も考えたようですが、教員だけはなりたくないという考えがあり、集団就職で東京へ。
就職先は、板橋区の段ボール工場でした。
そこで、大学で勉強したいという思いが募り、
当時私立大学の中で一番学費が安かったという理由で法政大学第二部法学部政治学科へ進学。
アルバイトをしながら、空手部へ入部しました。
「厳しいところで自分を鍛えたい」
という思いから、空手道部への入部を決めたということです。
どれが菅義偉さんかわかりますか?
前列の左端です。
菅義偉さんは、右端です。
大学2年生の時だそうです。
短髪ですね。角刈りでしょうか?
4年生の時の菅義偉さん。
左上の腕組をしている方です。
菅義偉さんは、空手道から
逃げない
という強い精神力を得たそうです。
菅義偉さんのイケメン画像どうでしたか?
白黒でわかりにくいところもありましたが、鍛え上げられた肉体と精神力の強さは伝わってきたと思います。
菅義偉官房長官の生い立ちを調査!若い頃は武闘派?イケメン画像もチェック!まとめ
菅義偉さんのご両親を調べてみると、菅義偉さんが次期総理を言われるまでになった理由がわかるような気がします。
ご両親譲りの賢さに、菅義偉さん自身の努力があってのことだったのですね。
東京へ出てくるときも家出同然だったということなので、ご両親の反対があったのではないでしょうか。
菅義偉さんは持ち前の精神力をさらに空手で鍛え上げたという感じがします。
菅義偉自民党総裁は誕生するのでしょうか?
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
菅義偉さんの奥様は、安田成美さんに似ているらしい↓