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「菅総理の弟」菅秀介経歴を調べてみた!

菅総理の弟の菅秀介さんは、経済界で有名な方なのだそうです。

自己破産を経験したという菅秀介さんが、なぜJR企業の役員につけたのか?

疑問は残るところですが、まずは

菅秀介さんという人物の経歴を調べてみました。

「菅総理の弟」菅秀介経歴を調べてみた!

出身校は?

菅秀介さんは、1951年5月生まれ

(2020年で69歳)

湯沢高校卒業し、1974年慶應大学商学部へ進みました。

兄である菅総理は苦労の末、法政大学を卒業しています。

2つ差の兄弟は秋田県を出たのち、

同じような境遇で励ましあって大学進学、卒業を迎えたことと思います。

そのようなこともあり、菅総理と弟の菅秀介さんは仲が良いようです。

会社員に!

菅秀介さんは、1974年に繊維商社「グンゼ産業」に入社しました。

企業家に!

菅秀介氏さんは、菅氏が横浜市会議員に初当選した2年後に

1989年1月、菓子屋「ヒデ製菓」を起業しました。

菅秀介さんがお店を出したが所が「銀の鈴」そばのコンコースという一等地でした。

ここで疑問!

なぜ創業直後に東京駅にお店をだせたのか?

菅総理が、自身の後継者を菅秀介さんに紹介したといいます。

販売する商品の相談などおこなったということです。

ヒデ製菓は、一時期は売り上げも上がり調子が良かったようです。

1日100万円超えることもあったのだとか。

それでも、何が災いしたのか事業は上手くいきませんでした。

2002年10月東京地裁から破産を宣告されます。

介護職に!

菅秀介さんは、一転して病院の介護職につきました。

けれども、期間は短く半年ほどで終わることになります。

ホテル業界にも

ホテル名や時期は明らかではありませんが、ホテル業界に身を置いていた時期もあったようです。

千葉ステーションビル

菅秀介さんは病院での介護職を辞めた後、またもや一転

JR東日本の子会社である千葉ステーションビルに営業部付きの部長として入社しました。

千葉ステーションビルは、10の駅ビルを運営していて、売り上げは400億円を超えるといいます。

千葉ステーションビルに菅秀介さんが入った時は50歳を超えていました。

菅秀介さんについて

「菅総理やJR東日本の関係で入社できた」という方もいるようですね。

けれども、ご本人は雑誌の取材に対して

「兄とは関係ない」と否定しています。

この辺り気になりますね。

2010年には取締役にも就任し、2017年まで務めています。

数社で役員を兼任

菅秀介さんご自身もすぐに数を言えないくらいの会社で役員を兼任しています。

わかっているのだけの会社名をまとめてみました。

神戸市の外車ディーラー「ジーライオン」

和菓子の「御菓子城加賀藩」

有田焼の「深川製磁」

(株)小牧

 

「菅総理の弟」菅秀介経歴を調べてみた!まとめ

菅秀介さんは、菅総理と同じようにご苦労されているようですね。

菅秀介さんは4人兄弟で4人すべてが大学を卒業しているということです。

それを思うとご両親の応援もある程度はあったでしょうし、ご兄弟の仲がいいことも推測できます。

いくつも役員を務められるということは、実力、才能、運、環境すべてにおいて恵まれているのではないでしょうか。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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