連続テレビ小説「おちょやん」が浪花千栄子さんをテーマにしているということはわかったのですが、浪花千栄子さんって誰?
どんな人?
と疑問に感じる方も多いのではないでしょうか?
私もその一人。
そこで、浪花千栄子さんについて調べてみました。
Contents
浪花千栄子はオロナインCM女優!
浪花千栄子さんについて調べてみると、出演作も多いので代表作は何だろうとかいろいろリサーチしてみたのです。
その中で一番私たちの目に触れているのは、
オロナイン
の看板でした。
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昭和の時代を知らない方でも一度くらいは見たことがあるのではないでしょうか?
優しいけれどどこか芯の強さを感じさせる笑顔ですよね。
浪花千栄子さんの本名は、南口 キクノ(なんこう きくの)
オロナイン軟膏のCMに抜擢された理由は、本名がよかったからだということです。
「なんこうきくの?」とうそみたいなホントの話
「南口キクノ篇」というCMまであったそうです。
浪花千栄子さんは、1907年(明治40年)11月19日生まれです。
亡くなったのは、1973年(昭和48年)12月22日
66歳で消化管出血のためだといわれています。
学校に通えなかった?
浪花千栄子さんの実家は、養鶏業を営んでいました。
父親が酒浸りであまり働かない人だったため、幼い千栄子さんは養鶏場と弟の世話を頑張っていましたが、8歳の時に道頓堀の仕出し弁当屋に女中奉公に出されてしまいます。
ここでの苦労が大変なものだったようです。
こんな理由から、浪花千恵子さんは満足に学校にも通えなかったと思われます。
香住 千栄子として女優の道へ
その後、京都で女給として働いていた浪花千栄子さんでしたが、18歳のとき、知人の紹介で村田栄子一座に入りました。
間もなく舞台にも立つようになりますが、人気はありませんでした。
そして、東亜キネマ等持院撮影所に移ることになります。
香住 千栄子の芸名で端役出演を続け、1926年(大正15年)に山上伊太郎の初シナリオによる大作『帰って来た英雄』の準主役に大抜擢され、それ以来順調に役をこなしていくことになります。
その後、市川右太衛門、市川百々之助に招かれて帝国キネマにはいり、芸名を浪花 千栄子に変えて、映画出演を続けたが、給与未払いなどもあり映画界から足を洗いました。
結婚
1929年(昭和4年)、松竹傘下の「新潮劇」に入ります。
1930年(昭和5年)に、2代目渋谷天外さんと結婚
渋谷天外さんは大阪の松竹新喜劇で舞台活動をされていて、テレビでは大阪の朝ドラでお見かけするぐらいですね。父親の2代目・渋谷天外さんも松竹新喜劇で藤山寛美さんと共演をされていました。 pic.twitter.com/RWUwSotvgW
— 高木ひとし (@hithitcity) November 9, 2019
トランス、ドラァグ系雑誌「Female mimic」の1965年の号で見つけた写真。左が渋谷天外 (2代目)、右が曾我廼家十吾 pic.twitter.com/2BqB0zIqe9
— 畑野とまと☔ SWASH「セックスワークにも給付金を」訴訟応援団 (@hatakeno_tomato) July 1, 2020
1948年夫である天外さんと看板女優の不倫が発覚し、離婚
浪花千栄子さんは、1951年(昭和26年)、松竹新喜劇を退団しました。
復帰
芸能界から引退していた浪花千栄子さんに再びライトを浴びせたのは、NHK大阪放送局のプロデューサー・富久進次郎氏でした。
NHKラジオの『アチャコ青春手帖』に花菱アチャコの母親役として出演しブレイク。
『アチャコほろにが物語 波を枕に』『お父さんはお人好し』などで人気を不動のものにしました。
テレビドラマ出演
浪花千栄子さんは、1962年からテレビドラマにも出演しています。
テレビドラマでも活躍した浪花千栄子だけど、そっちは全然見たことがない。「あまくちからくち」「太閤記」「細うで繁盛記」、東京12チャンネル開局記念ドラマの「楢山節考」(主演!)、見事に残ってない。壊滅。細うで〜は数回分、太閤記は浪花出演回は現存せず。嗚呼。 pic.twitter.com/xkk1IRSgKa
— 函館のシト (@hakodatenoshito) August 23, 2019
私が子供の頃の大河ドラマ太閤記で、秀吉の母親役の浪花千栄子さんを観て以来のファンです。大阪ドラマ独特の辛子の効いたちょっと斜に構えた感じのユーモアをどんなふうに描いてくれるのか、楽しみです。
— とーこ (@to__oko__) November 22, 2020
やはり、名女優
ファンの方の心にしっかりと残っているようですね。
浪花千栄子さんは亡くなって後
勲四等瑞宝章を受章しています。
長年にわたり女優として歩んできたことが認められたということになります。
浪花千栄子のせりふ回しが絶妙!
浪花千栄子さんは、1952年映画「滝の白糸」が復帰作となります。
野淵昶監督『滝の白糸』(1952)
苦学生の村越欣弥役。共演は京マチ子、星美千子、浪花千栄子他。
ラストが原作とは異なり、ハッピーエンドを迎える。 pic.twitter.com/I4u2CI0wqB— 俳優 森雅之bot【非公式】 (@morima_bot) May 25, 2020
浪花千栄子さんについて調べてみると、見た目の品の良さもありますが、セリフの言い方がとてもいいらしいのです。
本当の大阪弁を話せる女優さんです。
『祇園囃子』傑作ですよね。
浪花千栄子の台詞回しも惚れぼれする。— kskao (@kskao1) November 19, 2013
下の女優さんは若尾文子さん
若尾文子さんに大阪弁を指導したのは、浪花千栄子さんだといわれています。
『近松物語』、『噂の女』、監督を予定していた『大阪物語』にも起用されることになる。 https://t.co/qTC8ZlcW1y pic.twitter.com/o96BIzudGV
— 森脇清隆 K_Moriwaki (@mk_pai) January 11, 2018
『祇園囃子』すばらしいので、DVD買いました。木暮実千代みたいな大人の色気出せる人、今いるかな? 甥御さんだか執筆の伝記読みましたが、素顔はざっくばらんな方だったようです。
浪花千栄子の台詞まわしも絶品です。— kskao (@kskao1) August 25, 2013
浪花千栄子はオロナインCM女優!せりふ回しが絶妙!まとめ
浪花千栄子さんの幼い頃の苦労、女優としての切磋琢磨の日々、何よりも結婚した相手の裏切りが一番答えたのではないでしょうか。
消息不明となったというのがそれを物語っています。
そんな人生を現すぴったりの言葉が「泣き笑い」だったのだと思います。
浪花千栄子さんは何度も倒れ立ち直り、繰り返してこられたのでしょうね。
「おちょやん」がとても楽しみです。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
幼い頃の浪花千栄子さんを演じる子役って?